ケルクショーズ・イリヤ 3号店(Quelque chose, Il y a - troisième)

Il solito tran tran(でも明日は何か新しいことを考えるだろうか……)

消えなずむものの痕跡を音で写したずねるクレドとしての〈うた〉(モデル:あかりさん)

f:id:aisaka_chihiro:20181028164346p:plain

 

 うたうということは、信じるということ――。音があって、ことばがあって、声があって、それらは鳴った瞬間に消えてゆく。届かなくて、伝わらなくて、だからこそ〈うたうひと〉は、うたをうたいつづけるのだと思います。

 

 うたえばいつかは届き、うたえばいつかは伝わる。じぶんの意志が途絶えないかぎり、うたというものは、消えながらいつかだれかに届くのです。だから、うたうということは信じることなのだと。

 

f:id:aisaka_chihiro:20181028170430p:plain

 

 あかりさんの〈うた〉は、越え流れてくるようでした。能動とか受動といった枠組みを取り去って、ただただ吹きこぼれゆく涙のようなものです。これまで背負ってきたもの、これまで捨ててきたもの、これまで守りつづけてきたもの、これまで積み重ねてきたもの、あまりに複雑であまりに多様な人生の史書をひとつひとつ撚るように、音をつむぎます。

 

 ブレスをすることは、人生の糸をねじりあわせることなのかもしれません。そのときによって気持ちよく空気が通ったり、息苦しかったり、そこを抜ければきれいな模様が見えてきたり。よかったり、わるかったり、その山と谷の交互を経験するリズムこそがブレスなのだと感じました。

 

 音は、鳴ったときに消え始めています。だから、私たちはまた鳴らします。鳴らして、消えて、鳴らして、消えて。音という存在自体が、すでに山と谷になっていて、そこにブレスの山と谷を寄り添わせゆきます。それがことばと合わさって、〈うたうひと〉の意志や信頼と合わさって、〈うた〉というものが成り立っているのでしょうか。

 

f:id:aisaka_chihiro:20181028171759p:plain

 

 「Wherever I go/Far away and anywhere/Time after time, you always shine/Through dark of night, calling after me」――私がどこへ行こうと、遠いどこかに居たとしても、何度でもあなたは光をさずかる、夜という闇を抜けるときは、だから私のことを呼びつづけて。Liberaの"FarAway"をうたっているときのあかりさん。神秘的でした。

 

 〈うた〉は、痕跡を写したずねる祈りだと思います。それは写真を撮ることもおなじです。写真というのは、1/100秒を写したずねる祈りです。たしかに存在したはずの瞬間の、その存在性を再訪問しようと試みつづける祈願です。

 

 うたうこともまた、その音とことばの瞬間的な存在に、語りかけようとすること、何度も来訪しようとすること、それが〈あった〉と信奉して祈り通すことだと思います。うたも写真も、クレド(credo)です。うたも写真も、どこまでも神秘的になれます。

 

f:id:aisaka_chihiro:20181028175227p:plain

 

 信じるという無辺際に垂直的な行為の遠さと儚さ、うたうことは、その苦しさや恐怖心を怺えられる自衛的な祈りでもあります。どんなに弱ってしまったときも、うたっているときだけは信じることができる。"through dark of night, calling after me"というのは、うたうことにひとしい、私はあかりさんの〈うた〉からそう感じました。

 

 人生の明と暗、うたうことの山と谷、その倫理的なリズムのなかで一本の垂直なクレドを守ること。強く生きるというのは、決して弱らないことではなく、信心とともに"call"することを守ることなのかもしれません。

 

 最後に、私の好きなガタリ・ドゥルーズ『千のプラトー』より”de la ritournelle”を引用します。

Un enfant dans le noir, saisi par la peur, se rassure en chantonnant. Il marche, s'arrête au gré de sa chanson. Perdu, il s'abrite comme il peut, ou s'oriente tant bien que mal avec sa petite chanson. Celle-ci est comme l'esquisse d'un centre stable et calme, stabilisant et calmant, au sein du chaos. Il se peut que l'enfant saute en même temps qu'il chante, il accélère ou ralentit son allure; mais c'est déjà la chanson qui est elle-même un saut : elle saute du chaos à un début d'ordre dans le chaos, elle risque aussi de se disloquer à chaque instant;...
ひとりのこども、暗い場所で、恐怖で心がいっぱいになっても、歌をうたえば気持ちが安らぐ。進む、止まる、歌に導かれながら。道に迷い、隠れ家をみつける。取るに足らない歌をたよりにして、どうにか進んでいく。これは、静かで落ち着いた鼓動の下書きのようなもので、安定感や静寂を混沌だったところにあたえるもの。こどもは跳躍するかもしれない、歌っているのと同時に、せかせかと歩いたり、ゆるめて歩いたり。しかし、歌というものがすでに跳躍なのだ。歌は混沌から跳び出して混沌の中に秩序を作りはじめるし、いつ終わってしまうかわからないところもある。

 

モデル:あかり

写真:逢坂千紘

アシスタント:Shikimi

ロケーション:駒沢オリンピック公園

天候:晴れ

うた:アルケミスト(パウロ・コエーリョ)、青空のむこう(アレックス・シアラー)、Ave Maria(シューベルト)、風になる(つじあやの)、オレンジ(7!!)、彩りパレット(鷽)、FarAway(Libera)、星つむぎの歌(平原綾香)