「CGのような美しさ」は疑問出しするか

 校正のお仕事で、幻想的な世界観の作品のことを「CGのような美しさ」と評している箇所があり、疑問出しするか迷った。ひとつは「CG」ということばで思いつくものがそれぞれちがうのと、もうひとつは「CGが美しい」と私自身があまり感じたことがないというところ。

 

 "CG"というのは、コンピュータグラフィックス(Computer Graphics)の頭字語で、その定義は非常に曖昧になっている。画像をプログラムで作成することと思っているひともいれば、画像処理ツールで画像を作成することだと思っているひともいるだろう。一般的には、画像や動画を素材として合成したりすることだと思われている気がする。

 

 たとえば、1980~1990年代の"CG"なら、4096色中「16色」しか使うことができず、そのなかでどう工夫するかが考えられていた。現代の3DCGに目が慣れていると貧しい表現に見えるかもしれない。

 

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gretro、mohayonaoさんがつくった16色CGを生成できるスクリプト)

 

 レトロニムで「16色CG」などと呼ばれるようになったけれど、かつてはこれが「CG」だったため、「CGで絵を描こう!」という教則本も当然のようにこのような画しかない。いまは「ドット絵」という名前でジャンル化されたのかなと思う。

 

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(フリーCG素材サイト「壁紙宇宙館」さんのA1-17)

 

 これもCG。どちらかというと、こういうのを「CGのような」と言うのかなと思う。「CG」ということばを聞いたときに、私なんかは感性が古いのか、真っ先に「16色CG」のような作品が思いつく。

 

 まあ、そこは「私が古いから」で済ませようと思った。いちおう「"CGのような"」でイグザクトサーチしたところ、「CGのような美少女」「CGのような幻想的風景」「CGのようなシワなし顔」といったポジティブな意味合いが多かったので、通用すると判断。

 

 もうひとつ「CGは美しいのか」についても検索で同時に解決させた。現実的なノイズを省いて、理想的な見栄えを作ることへの興味や欲望を「CG」 が担っていると考えれば、美しいという表現も十分に許容だろうと判断した。