ケルクショーズ・イリヤ 3号店(Quelque chose, Il y a - troisième)

Il solito tran tran(でも明日は何か新しいことを考えるだろうか……)

掃除と痕跡――最初の痕跡をやり直しへと巻き込みながら時間を新しくする

 「どうせすぐに汚くなるのに」という悪魔のささやきが、掃除の手をにぶらせる。しかし掃除には価値がある。超高級ホテルというラグジュアリーな場所でさえ、掃除というのは欠かせない。いやむしろ、掃除の重要度が増すと言ってもいいだろう。

 

 掃除というのは、痕跡を消すことだという話を前回した気がする。しかし、痕跡を消すためには、痕跡をつけなければならない。これが掃除のパラドックスであり、虚無になる部分でもある。

 

 

 だけど、一番目の痕跡(=ゲストの痕跡)より二番目の痕跡(=掃除の痕跡)のほうに価値がある。むしろ、二番目のほうが新しく重要に感じられる。

 

 掃除は、その痕跡を見るひとの時間の順番を狂わせるのかもしれない。

 

Tout cecisuppose évidemment que la formation du monde soit à deux temps, à deux étages,naissance et renaissance, que le second soit aussi nécessaire et essentiel que lepremier, donc que le premier soit nécessairement compromis, né pour une reprise etdéjà re-nié dans une catastrophe.
(世界の形成は、誕生と再生という二つの時、二つの段階においてある。第二のものは、第一のものと同じくらい必要かつ本質的である。したがって、第一のものは必然的にやり直しへと巻き込まれ、それに向かって生まれ、破局のなかで既に再否定される)

 

 ドゥルーズは、『無人島 1953-1968』(前田英樹さん訳)のなかで、第一のものがやりなおしに巻き込まれると書いている。これはエデンの話だけれど、似たようなことが言えるのかもしれないと思った。つまり、誕生と再生というのは時系列的に相互浸透しているのかもしれない。

 

 ほつれた釦を繕うのも、使用したスーツをクリーニングするのも、バラバラになったイスとテーブルを並べ直すのも、元に戻すことはできない。その逆境を好転させるのが掃除という概念なんだと思う。元に戻すことができないなら、古い時間をやり直しへと巻き込んでしまえばいい。新しい時間を与えればいい。

 

 賞味期限が切れた卵を、電気ケトルにいれて半熟卵にするとなぜだかすべてがリセットされて、なぜだかすごくうれしくなるのは、そういった料理の作為性(Machenschaft)があるのかもしれない、なんてことを適当に思った。