ケルクショーズ・イリヤ 3号店(Quelque chose, Il y a - troisième)

Il solito tran tran(でも明日は何か新しいことを考えるだろうか……)

消火器をいじったり、灰皿を落としたりしても

 サイゼリヤで原稿をやっていると、三歳くらいの子どもをつれた核家族のファミリーが見える位置の席に案内された。その子は紺地にカラフルな模様が入った洋服、唐紅色のキッズ用サボサンダルを履いていて、とても個性的で素敵だった。

 

 子どもが落ちついて着席できないのはあたりまえとして、全身をつかってソファから乗り出そうとしていてどことなく緊張的な雰囲気がある。最初はソファの裏側に埋め込まれていた消火器の安全栓を引き抜こうとしていた。これに対して母親は特に注意している様子ではなかったし、店員もいつものことなのだろうし忙しそうだったのでスルーしていた。

 

 細かい話になるが、消火器のレバー天辺にある安全栓には「封シール」が貼ってあって、これが破れるとシールを交換しなければならなくなる(消防法17-3-3)。リングがズレることもあるので、扱いをわかっていないひとが触るのはあまりよいことではない。おそらく、育児に追われているとそういうところに思考がいかないのだろう。それは責められるべきではないと思う。

 

 リングを引っ張り飽きた子どもは、同じ高さにある灰皿の積み重ねられた壁収納スペースに興味を持った。消火器と同様に右手で探索しはじめ、いちばん上の一枚を地面に落とした。灰皿が地面に衝突してカランカランという音が鳴る。イニラスティックな音が指数関数的に細かく刻まれ、一秒ぐらいでやんだ。

 

 すぐ近くの茶髪男性が気づいて灰皿を拾い、収納スペースに戻す。「◯◯、ありがとうは?」と教育する母親、「イッスイッス」みたいな茶髪。いいな、と。それでもまあもう一度やるだろうと思っていたら予想通り、子どもはふたたびソファを全身で乗り越え、灰皿を手探りで探検し、いちばん上にあるものを落とした。

 

 今度は子どもと同じサイドに座っていて父親が拾い、母親は「◯◯、次にやったらわかってるね」と教育し、それからは収納スペースで緊張していた灰皿にも平穏が戻った。

 

 別に育児論とかマナー論を展開しようとは思わないし、責めようという気持ちはひとつもないが、消火器の安全栓を引っ張ったり、お店の灰皿を落としたりしてもいいという判断は、どこから来るのだろうかと不思議だった。極端な話、あれが割れるタイプのお皿だったらとか、もっとはっきり故障するタイプの設備だったらとか、そういうことを考えずにはいられない。

 

 もちろん「ごちゃごちゃ言ってないで見てるなら注意しろ」という考え方もあるだろうし、実際に注意すれば聞き入れてくれそうな雰囲気のある家族だったと思う。私自身の有責性も問われるべきかもしれないが、今回は日常のメモみたいなものなので棚に上げさせてもらった。自分が親だったら気づけたかなとか、注意できたかなとか考えながら、こっそり消火器のシールを点検した。